知財取引指針を読む:「名ばかり共同研究」と共有知財
読み上げの準備をしています。
この回の要点
- 研究費を負担したことと、成果の知的財産権を取得することは別の問題として扱われています。
- 指針は特許だけでなく、ノウハウとデータも正面から対象にしています。
- 持分50%ずつの共有にしても、一方しか実施できないなら対等とはいえません。
今日のテーマと要点
伊藤今日は、2026年6月24日に公正取引委員会、中小企業庁、特許庁が公表した知財取引指針を読んでいきます。正式には、知的財産権、ノウハウ、データの適切な取引のための優越的地位の濫用等に関する指針、という長い名前です。
聞き手共同開発の契約を考えている会社が、まず見るべき資料ということでしょうか。
伊藤そうですね。共同開発に限った指針ではないのですが、共同研究開発の場面がかなり具体的に書かれています。今日押さえてほしいのは三つです。
伊藤一つ目。研究費を負担したことと、成果の知的財産権を取得することは、別の問題として整理されています。
伊藤二つ目。この指針は、特許だけでなく、ノウハウとデータを正面から対象にしています。
伊藤三つ目。持分を50%ずつの共有にしても、それだけで公平とはいえない、という視点が入っています。
「名ばかり共同研究」という言葉
聞き手一つ目から伺います。研究費を出した側が知財をもらう、というのは、感覚としては自然に思えるのですが。
伊藤実務ではよく出てくる発想ですね。ただ指針は、共同研究開発費を負担していることが、直ちに成果である知的財産権の帰属を正当化するものではない、という考え方を示しています。
伊藤発明が共同でなされた場合には、発明を成立させるために実質的に協力した者が共同発明者になる。これが出発点です。契約書の表紙に共同研究と書いてあるかどうかではありません。
聞き手資金だけ出した側は、共同発明者にならないこともある、ということですか。
伊藤実質的に関与していなければ、そうなり得ます。指針は、いわゆる名ばかり共同研究の場合に、研究費を負担したというだけで成果に係る知的財産権を取得することが当然に正当化されるものではない、と明確に書いています。
伊藤発明者ではない人が権利を取得するのであれば、成果創出への貢献度等を踏まえて、通常は別途それに見合った対価が必要になる、という整理もされています。
聞き手開発費と、知財を取得する対価は、別の支払いだという発想ですね。
伊藤ここが実務では一番効きます。交渉のときに、開発作業の対価、知的財産そのものを取得する対価、独占的に使う対価、この三つを分けて話すと、条件の議論がかみ合うようになります。
持ち込んだ技術が飲み込まれる
聞き手二つ目のノウハウとデータの話に移ります。
伊藤指針で興味深いのは、コンタミネーションリスクという言葉が出てくるところです。共同開発を始める前から自社が持っていた技術が、共同研究の成果物として扱われてしまい、共有特許や相手方だけの特許になってしまう危険のことです。
聞き手それは、どういう場面で起きるのでしょうか。
伊藤典型的には、既存のソースコードや学習済みモデル、実験データを共同開発の中で使ったときですね。しばらくすると、どこまでが持ち込んだもので、どこからが共同で作ったものなのか、誰にも説明できなくなります。
伊藤指針は対策まで書いていて、共同研究開発を始める時点でバックグラウンド情報をリスト化して交換すること、プロセスノウハウやデータ、ソースコードについてタイムスタンプ等を使って契約前から保有していたことを証拠化すること、を挙げています。
聞き手契約書を作る前の作業ということですね。
伊藤ここは注意してほしいところです。交渉が始まってからでは遅いことがあります。開発前に、自社の既存知財、共同開発から生まれる成果、その後の改良技術、この三つを区別できる状態にしておく。特にコア技術が成果物の定義に飲み込まれないようにする。これだけで、後の交渉の前提が変わります。
50対50は公平か
聞き手三つ目です。共有にすれば公平、という整理にも疑問が示されている。
伊藤はい。今回の指針には、共有知的財産権の不利な取扱いという項目があります。共同研究開発の成果が共有特許になったのに、一方だけが特許を実施して、他方は実施できないという場合を取り上げて、一方的に実施制限を求める行為が優越的地位の濫用の問題となり得ることを示しています。
聞き手形式的には対等でも、使える人が一方だけなら意味がない、と。
伊藤そのとおりです。共同開発契約を見るときは、持分割合だけでなく、誰が実施できるのか、誰がライセンスできるのか、誰が事業化できるのか、誰が経済的利益を得るのか。この四つを確認してください。
伊藤そもそも、特許法73条では、共有特許について第三者にライセンスする場合や持分を譲渡する場合には、原則として他の共有者の同意が必要です。スタートアップのように、他社に製造を委託したり、他業界へ展開したりして伸びる会社では、共有者が事実上の拒否権を持つ構造になります。
聞き手資金調達やM&Aのときにも効いてきますね。
伊藤特許庁が2025年4月にオープンイノベーションのモデル契約書をver2.2へ改訂したときも、ディープテック・スタートアップのM&Aを阻害する可能性のある条項を見直すことが理由の一つに挙げられていました。共同開発契約は、研究プロジェクトの契約であると同時に、将来の企業価値に関わる契約です。
まとめ
伊藤まとめます。一つ目、研究費の負担と知財の帰属は別の問題です。開発費、知財取得、独占、この三つの対価を分けて交渉してください。
伊藤二つ目、持ち込んだ技術と共同開発の成果を区別できる状態にしてから始めてください。リスト化と証拠化は、契約交渉の前の作業です。
伊藤三つ目、共有にするかどうかより、誰が実際に使えるのかを見てください。50対50でも、実施できるのが一方だけなら対等ではありません。
聞き手指針そのものは、どこで読めますか。
伊藤公正取引委員会のサイトに本文が載っていて、共同開発契約書のひな形まで付いています。このページの参考資料にリンクを置いていますので、交渉の前に目を通してみてください。
Sources
参考にした一次資料
- 公正取引委員会・中小企業庁・特許庁「知的財産権・ノウハウ・データの適切な取引のための優越的地位の濫用等に関する指針」(2026年6月24日)
- 公正取引委員会「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」
- 特許庁「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書 ver2.2」
本解説は、上記の公表資料をもとに弁護士 伊藤 憲武が論点を整理し、実務上の見方を加えたものです。資料の最新版・改訂状況は、必ずリンク先でご確認ください。
Related
あわせて読む
本コンテンツは一般的な情報の提供であり、個別の法的助言ではありません。実際の判断は、事案の具体的な内容と最新の法令・ガイドラインに基づいて行う必要があります。ご相談はお問い合わせフォームからお願いします。