スタートアップ指針の改正:創業者個人への株式買取請求
読み上げの準備をしています。
この回の要点
- 株式買取請求の対象から経営株主個人を外していくことが、競争政策上望ましいとされています。
- 買取請求の行使事由は、重大な表明保証違反や重大な契約違反に明確に限定する方向が示されています。
- 投資家の関与そのものではなく、どこまでを拒否権の対象にするかが交渉の論点です。
今日のテーマと要点
伊藤今日は、公正取引委員会と経済産業省のスタートアップ指針を取り上げます。正式には、スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針。2022年に作られて、2026年2月19日に改正されています。
聞き手出資を受ける側が読む資料、という理解でよいですか。
伊藤受ける側にも、出す側にも関係します。今日は出資の場面に絞ります。押さえてほしいのは三つです。
伊藤一つ目。株式買取請求の対象から、経営株主個人を外していくことが競争政策上望ましい、という考え方が示されています。
伊藤二つ目。買取請求ができる場面を、重大な違反に限定していく方向が示されています。
伊藤三つ目。投資家が重要事項に関与すること自体が問題なのではなく、どこまでを拒否権の対象にするかが論点だ、という整理です。
エクイティのはずが、個人の借金のようになる
聞き手一つ目から伺います。株式買取請求というのは、どういう条項でしょうか。
伊藤投資契約に、重大な契約違反などがあった場合に、投資家が持っている株式を買い取るよう請求できる、と書かれていることがあります。問題は、誰に対して請求できるか、です。
聞き手会社ではなく、創業者個人に請求できる契約もある、と。
伊藤そこが論点です。創業者個人が買取義務を負うと、本来リスクマネーであるはずのエクイティ投資について、創業者個人が実質的に元本を返す立場になります。
伊藤指針はこの問題を正面から取り上げていて、2026年2月の改正版でも、株式買取請求権の対象から経営株主等の個人を除いていくことが競争政策上望ましい、という考え方が示されています。
聞き手契約書にその条項があったら、必ず削るべきなのでしょうか。
伊藤一律に削るという話ではありません。ただ、当然のものとして受け入れる条項ではない、ということです。交渉の場で、この条項の必要性と範囲を聞いてよい。指針がそう書いている、というのは、交渉のときの足場になります。
「何があったら」買い取るのか
聞き手二つ目の、行使事由の限定についてお願いします。
伊藤買取請求の条項は、引き金になる事由の書き方で性質が変わります。たとえば、表明保証違反という言葉だけで広く書いてあると、小さな齟齬でも形式的には該当してしまう。
伊藤指針は、行使事由についても、重大な表明保証違反や重大な契約違反等に明確に限定する方向を示しています。
聞き手重大な、という言葉が入るかどうかで、だいぶ違いますね。
伊藤違います。ここは間違えやすいので気をつけてください。買取請求の条項を読むときは、三つを見ます。誰に請求できるのか。何があったら請求できるのか。いくらで買い取るのか。この三点です。
伊藤価格の決め方も重要で、投資額の全額を返す設計になっていると、事実上の元本保証に近づきます。
事前承諾事項をどこで切るか
聞き手三つ目です。投資家の関与の範囲。
伊藤株主間契約には、事前承諾事項という条項が入ります。新株発行、多額の借入れ、事業譲渡、M&A、重要な知的財産の処分、役員の変更、事業計画の重大な変更。こういった事項について投資家の事前承諾を求めるものです。
聞き手情報共有の義務とは違うのですか。
伊藤違います。承諾が必要ということは、投資家がノーと言えば、会社がその行為をできない可能性があるということです。実質的には拒否権です。
伊藤ここで大事なのは、投資家が重要事項に関与すること自体を否定しないことです。投資家は、成功するか分からない段階でお金を出しています。大規模な増資や会社の売却のように、投資家の利益を大きく左右する事項に一定の関与を求めるのは合理的です。
聞き手では、どこが問題になるのでしょうか。
伊藤日常的な経営判断まで承諾事項に入っている場合ですね。意思決定の速さは、スタートアップにとって競争力そのものです。一つ一つの条項について、この投資家を保護するために本当にこの範囲の権利が必要なのか、と聞いていく。この問いの立て方が、指針の考え方に沿っています。
連携の場面にも同じ発想がある
聞き手出資以外の場面についても、指針は触れていますね。
伊藤はい。秘密保持契約を結ばないまま営業秘密の開示を求める、検討段階で得た情報を目的外に使う、共同研究の成果の知財を一方的に自社へ帰属させる、名ばかりの委託で対価を払わずに開発させる、広範な競業避止義務を課す。こうした行為が具体例として挙がっています。
伊藤いずれも、取引上の地位や不利益の内容によっては、優越的地位の濫用等の問題になり得ます。大企業の標準契約だから、という理由だけで受け入れるのではなく、指針に照らして交渉の余地を確認してください。
まとめ
伊藤まとめます。一つ目、株式買取請求は、誰に対して請求できるのかを最初に見てください。創業者個人が入っていれば、指針の考え方を示して交渉する余地があります。
伊藤二つ目、行使事由が重大な違反に限定されているかを確認してください。
伊藤三つ目、事前承諾事項は、投資家の関与を全部削るのではなく、日常の経営判断まで入っていないかを見てください。
聞き手資料はどこにありますか。
伊藤指針は公正取引委員会のサイト、投資契約のガイドラインは経済産業省のサイトにあります。このページの参考資料にリンクを置いています。契約書を受け取ったら、条項と見比べながら読んでみてください。
Sources
参考にした一次資料
- 公正取引委員会・経済産業省「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」(2022年3月31日制定、2026年2月19日改正)
- 経済産業省「スタートアップ投資契約ガイドライン(増補版)」(2025年9月)
- 経済産業省「コンバーティブル投資手段 活用ガイドライン」(2020年12月)
本解説は、上記の公表資料をもとに弁護士 伊藤 憲武が論点を整理し、実務上の見方を加えたものです。資料の最新版・改訂状況は、必ずリンク先でご確認ください。
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