個人で会社を買うとき、法務DDは必要?スモールM&Aで確認すべき10項目
近年は、M&Aプラットフォームなどを通じて、個人が中小企業や小規模な事業を買収することも珍しくなくなりました。会社員が独立のために会社を買う、個人事業主が新しい事業を取得する、副業としてWeb事業や店舗を買う、といったケースも考えられます。
数百万円程度の案件を見ると、「この規模なら、決算書と契約書を少し見れば十分ではないか」と思うかもしれません。
しかし、株式譲渡で会社そのものを買う場合、買主が取得するのは売上や設備だけではありません。会社がこれまで締結した契約、従業員との関係、知的財産、借入れ、未解決の紛争なども会社の中に残ります。中小企業庁の中小M&Aガイドラインも、株式譲渡では法人格が変わらないため、簿外債務や偶発債務のリスクが比較的高くなりやすく、より詳細なDDが行われる傾向にあると説明しています。
そこで重要になるのが、買収前のデューデリジェンス(DD)です。
法務DDの目的は、「問題のない会社」を証明することではありません。買収判断に影響するリスクを把握し、価格・クロージング条件・最終契約にどう反映するかを決めることです。
1 個人でも会社を買うことはできる
M&Aというと、大企業同士の大型取引をイメージしがちですが、対象となる会社・事業の規模はさまざまです。個人が買手になり、株式譲渡や事業譲渡によって小規模な会社・店舗・Webサービス等を取得することも可能です。
もっとも、株式譲渡と事業譲渡では法的な構造が異なります。
株式譲渡では、買主が対象会社の株主になります。会社自体は同じ法人として存続するため、会社が有する権利義務も基本的にはそのまま残ります。
これに対して事業譲渡では、取得する資産・契約・事業等を特定して移転します。不要な債務を切り離しやすい反面、契約、資産、許認可等について個別の移転手続が問題になります。二つの違いは、株式譲渡と事業譲渡は何が違う?で詳しく整理しています。
2 なぜ小規模M&Aでも法務DDが必要なのか
例えば、800万円で会社を買収するとします。決算書を見る限り、売上も利益も安定しています。
ところが買収後に、次のような問題が発覚することがあります。
- 最大顧客との契約に、支配株主が変わった場合の解除・承諾条項がある
- 元従業員から未払残業代を請求される
- 主力サービスのソースコードの権利が外部エンジニアに残っている
- 売主以外にも株主が存在し、株式の権利関係に争いがある
- 事業に必要な許認可について、買収後の体制では要件を満たさない
- 既に顧客や取引先との重大な紛争が発生している
取引価格が小さいから法的リスクも小さいとは限りません。個人買主にとって、数百万円・数千万円の投資そのものが大きな意思決定であることも多く、必要な範囲でリスクを確認する意味があります。
3 法務DDと財務DDは何が違うのか
DDには、財務DD、税務DD、法務DD、ビジネスDDなどがあります。
財務DDでは、収益力、資産負債、キャッシュフロー等を財務・会計の観点から分析します。税務DDでは、過去の税務処理や潜在的な税務リスクを確認します。
これに対して法務DDでは、対象会社がどのような権利義務を持ち、どのような法的リスクを抱えているかを確認します。
弁護士による法務DDだけで事業の将来収益性まで判断できるわけではありませんし、財務諸表だけを精査しても、主要契約の解除条項や知的財産権の帰属までは分かりません。案件に応じて専門家の役割を分ける必要があります。
4 スモールM&Aで確認したい10項目
① 本当に売主が株式を持っているか
株式譲渡では、誰が何株を保有しているのかが出発点です。株主名簿だけでなく、過去の株式発行・譲渡の経緯、定款、株式の譲渡制限、共同創業者等との権利関係も必要に応じて確認します。
売主が「自分が100%株主です」と説明していても、過去の株式発行や名義に問題があれば、買収後に深刻な問題になり得ます。
② 主要顧客との契約は買収後も続くか
小規模会社では、数社の取引先が売上の大部分を占めることがあります。主要契約について、契約期間、中途解約、自動更新、損害賠償、独占・競業制限、支配権変更時の通知・承諾などを確認します。
会社を買った直後に最大顧客との契約が失われるのであれば、買収価格の前提そのものが変わります。
③ 従業員に関する潜在債務はないか
未払残業代、雇用契約書や就業規則の整備状況、社会保険、ハラスメント、退職者との紛争などは、小規模M&Aでも重要です。
業務委託として処理されているメンバーについて、実態によって労働者性が問題となることもあります。
④ 知的財産を本当に会社が持っているか
Webサービス、SaaS、EC、コンテンツ事業では特に重要です。ソースコード、ロゴ、デザイン、写真、動画、商標、ドメイン等について、対象会社に必要な権利が帰属・許諾されているか確認します。
会社が長年利用していることと、会社が権利を持っていることは同じではありません。
⑤ 必要な許認可は維持できるか
許可・登録・届出が必要な事業では、現在の許認可が有効か、株主・役員変更の影響があるか、事業譲渡の場合に新たな取得が必要かなどを確認します。
⑥ 借入れ・担保・個人保証はどうなっているか
借入金について、残高、返済条件、担保、保証、財務制限条項等を確認します。中小企業では売主経営者の個人保証が付いていることもあり、M&A後の保証解除・変更をどう実現するかはクロージング条件として重要になることがあります。
⑦ 訴訟やクレームはないか
確認対象は進行中の訴訟だけではありません。顧客からの損害賠償請求、元従業員とのトラブル、取引先との未払・品質紛争、行政機関からの指摘、知財に関する警告等も確認します。
⑧ 個人情報・IT管理に問題はないか
顧客データを扱う事業では、プライバシーポリシー、個人情報の取得・利用、外部サービスへの提供、委託先管理、セキュリティ事故等を確認します。
⑨ 関連当事者取引がないか
オーナー所有の不動産を会社が借りている、オーナーの別会社と取引している、代表者との間に貸付金があるなど、会社と現オーナーが密接に結び付いているケースがあります。買収後も同じ条件で事業を続けられるかを確認します。
⑩ 最終契約でリスクを手当てできているか
DDで問題が見つかったからといって、必ず買収を中止するわけではありません。
- 買収価格を調整する
- クロージング前に売主に是正してもらう
- 一定の同意取得等をクロージングの前提条件にする
- 売主に事実関係を表明保証してもらう
- 特定のリスクについて補償条項を設ける
といった方法があります。DDと最終契約は連続した作業です。具体的な反映の仕方は、DDで問題が見つかったらどうする?で扱っています。
5 個人のスモールM&AではRed Flag型DDも選択肢
大型M&Aと同じ範囲・深さで全てを調査すると、取引価格に対して専門家費用が過大になることがあります。
そこで小規模案件では、買収判断に影響する重要なリスクに重点を置くRed Flag型のDDが選択肢になります。
例えば、株式の権利関係、主要契約、労務、知財、許認可、借入れ、重大な紛争を優先し、
- 買収を止めるほどの問題か
- 値段を調整すべきか
- クロージングまでに直すべきか
- SPA等の最終契約で何を入れるべきか
を整理します。
6 いつ弁護士に相談するべきか
最終契約書が完成した後ではなく、買収候補が絞られ、資料開示が始まる頃には相談しておくと、必要資料や質問事項から整理できます。
特に、初めて会社を買う場合、株式譲渡で法人全体を取得する場合、IT・Webサービスのように知財や個人情報が事業価値の中心となる場合は、早めに法務面を確認する意味があります。M&A仲介会社がいる場合の役割の違いもあわせてご覧ください。
7 まとめ
個人によるスモールM&Aでは、専門家費用を抑えたいという事情があります。一方で、買収価格が小さいから法的リスクまで小さいとは限りません。
案件規模に応じて調査範囲を絞りながら、少なくとも買収判断に影響する法的リスクを確認し、その結果を価格や最終契約へ反映することが重要です。
参考資料
個人・スモールM&Aの買手側法務DDについて:買収前のリーガルチェック、法務DD、株式譲渡契約・事業譲渡契約のレビュー等をご相談いただけます。料金とサービス内容はスモールM&Aの法務DDをご覧ください。
※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別案件についての法律意見を提供するものではありません。