M&A後に株式譲渡代金・アーンアウトが支払われない
会社を売った。クロージングも終わった。しかし、追加の対価が支払われない。
株式譲渡契約には、クロージング時に支払われる対価のほかに、価格調整やアーンアウト(業績連動の追加対価)が組み込まれていることがあります。売主が個人株主や創業者の場合、この部分が実質的な報酬になっていることも珍しくありません。
この記事の要点
- 争点は「業績が達成されたか」ではなく、「契約上の算定方法に従えばどうなるか」です。
- 買収後は、計算の前提となる事業運営が買主の支配下に移ります。買主の行為が達成を妨げていないかが問題になります。
- 契約の紛争解決条項(専属的合意管轄、仲裁、専門家による決定)を最初に確認します。手続の選択がここで決まります。
1 追加対価には、いくつかの型がある
まず、自分が受け取るはずのものがどの型かを特定します。
| 型 | 内容 | よくある争点 |
|---|---|---|
| 価格調整 | 運転資本やネットデットの実績に応じてクロージング後に精算する | 会計方針の適用、算定基準日の数値 |
| アーンアウト | 売上・利益などの指標の達成に応じて追加対価を支払う | 指標の定義、算定方法、買主の関与 |
| 留保(エスクロー) | 対価の一部を留保し、一定期間後に解放する | 補償請求との相殺、解放の条件 |
| 役員就任を条件とする報酬 | 売主が一定期間役員として残ることを条件とする | 退任の経緯、退任後の扱い |
このうち、金額が大きく、かつ最も争いになりやすいのがアーンアウトです。
2 アーンアウトで実際に争われること
指標の定義。「営業利益」や「EBITDA」と書かれていても、何を含み何を除くかで数字は変わります。買収後に発生した本社費の配賦、グループ間の取引価格、買主が決めた投資や人員配置の費用が、対象会社の損益にどう入るか。ここが最大の争点です。
会計方針。算定にあたって、従前の会計方針を維持するのか、買主グループの方針に合わせるのか。契約に定めがあるか、定めがない場合にどう解釈するか。
買主の行為。買収後、事業の運営は買主の手に移ります。営業体制の再編、価格政策の変更、人員の異動、他のグループ会社への案件移管。これらが達成を妨げた場合に、どう評価するか。契約に誠実義務や事業運営に関する約束(オペレーティング・コベナンツ)があれば、その違反が問題になります。明文がない場合でも、信義則の観点から、買主が達成を意図的に妨げることは許されないと主張する余地があります。
情報の非対称。売却後は、売主は対象会社の帳簿を見られません。算定根拠の開示を求める権利が契約上あるかどうかで、立証の負担が大きく変わります。
3 手続の選択は、契約が決めている
株式譲渡契約には、紛争解決の方法が書かれています。ここを先に確認します。
- 専属的合意管轄(どの裁判所か)
- 仲裁合意の有無(ある場合は、仲裁機関と規則)
- 算定に関する専門家決定条項(会計士などの第三者が計算の当否を判断し、その結論に拘束される仕組み)
- 補償請求の手続と期間制限、上限・下限の定め
専門家決定条項がある場合、裁判所ではなくその手続に乗せる必要があることがあります。期間制限が短く設定されていることも多く、気づいたときには通知の期限を過ぎていた、という事態が起こり得ます。
4 集めておきたい資料
- 株式譲渡契約(別紙の算定方法、定義、開示資料の一覧を含む)
- 交渉過程の資料(条件提示書、ドラフトの修正履歴、メール)
- クロージング後の月次損益と、その作成根拠
- 買収後の経営に関する指示、会議資料、組織変更の通知
- 買主からの算定結果の通知と、その計算根拠
- 自分が役員として残っていた期間の記録
契約交渉の経緯は、条項の解釈で意味を持つことがあります。どちらが文言を提案し、どのような理由で修正されたのか。ドラフトの履歴は残しておいてください。
5 進め方
- 契約の読み込み:算定方法、通知の期限、紛争解決条項を確認します
- 算定の検証:買主の計算を、契約の定義にあてはめ直します。差異の原因を項目ごとに特定します
- 情報開示の請求:契約上の権利に基づき、算定根拠の開示を求めます
- 通知と交渉:期限内に異議を述べ、根拠を示して協議します
- 手続:専門家決定、仲裁、訴訟のいずれかへ。保全が必要かどうかも検討します
補償請求との相殺や、表明保証違反の主張が持ち出されることがあります。その場合は、相手方の主張の当否も含めて整理します。
よくある質問
契約に「買主の裁量による」と書かれています。請求は難しいですか。
裁量を与える条項があっても、裁量の行使が無制限に許されるとは限りません。目的に照らして合理的な範囲での行使が求められると解釈される余地があります。文言全体と交渉経緯を踏まえて検討します。
売却後も役員として残る条件でした。途中で退任させられた場合は。
退任の経緯によって扱いが変わります。買主側の事情による退任であれば、その後の期間の扱いについて契約の定めを確認し、定めがなければ条項の目的から解釈します。役員の解任と報酬請求とも重なる論点です。
他の売主(共同創業者や投資家)と足並みをそろえるべきですか。
同じ契約の当事者であれば、主張の方向をそろえたほうが有利に働くことが多い一方、利害が一致しない場面もあります。利益相反の確認が必要ですので、まずは個別にご相談ください。
クロージングから時間が経っています。
契約上の通知期限や補償請求の期間制限が定められていることが多く、これを過ぎると請求が制限される場合があります。期間が経っているほど、早めに契約を確認してください。