退職時にストックオプションを取り消されたら
「入社のときに1%相当と言われていたのに、退職日に失効したと説明された」。スタートアップを離れるときに、最も多いご相談の一つです。
この問題は、ベスティングの計算や会社の評価額の話に入る前に、確かめるべきことがあります。そもそも、どのような法的権利が与えられていたのかです。ここを飛ばすと、交渉の土俵を間違えます。
この記事の要点
- 「1%相当」という説明だけでは、何が与えられたのかは決まりません。すでに付与された新株予約権なのか、将来付与する約束にとどまるのかで、請求の組み立てが変わります。
- 退職時の失効条項は、文言だけでなく、退職の理由(自己都合・会社都合・解雇)との関係で読む必要があります。
- 直近ラウンドの評価額が、そのまま損害額になるわけではありません。行使価額、希薄化、流動性を織り込んで考えます。
1 まず「何が与えられていたか」を確定する
日本の会社でストックオプションという場合、法的には新株予約権です。発行には会社法上の手続があり、募集事項の決定(株主総会の特別決議、または決議による取締役会等への委任)を経て、割当てが行われ、登記されます。
ご相談では、次のどれなのかを最初に切り分けます。
| 状態 | 典型的な資料 | 請求の方向 |
|---|---|---|
| 新株予約権が発行され、割り当てられている | 募集事項の決議、割当契約書、登記 | 権利の確認、権利行使の可否 |
| 発行する旨の合意はあるが、手続が未了 | オファーレター、取締役会資料、メール | 付与義務の不履行に基づく請求 |
| 口頭やチャットでの言及にとどまる | Slack、面談記録 | 合意の成立自体が争点 |
「株式の1%を渡します」という表現は、株式そのものの譲渡を指すこともあれば、新株予約権の付与を指すこともあります。どちらの前提で話していたのかが、最初の争点になることがあります。
2 退職時の失効条項をどう読むか
多くの割当契約には、権利行使の時点で取締役または従業員の地位にあることを求める条項(在職条件)と、退職によって権利が失われる旨の条項が置かれています。
ここで確認するのは、次の点です。
- 退職の種類で区別しているか(自己都合、会社都合、解任、死亡、病気)
- 権利が確定した(ベストした)部分と未確定の部分を分けているか
- 退職後の権利行使期間が定められているか
- 会社による買取条項や、放棄を求める書面があるか
会社都合の退職や、争いのある解雇・解任の場面では、形式的に在職していないことだけを理由に権利を失わせることが相当かどうかが問題になり得ます。解任や解雇そのものの効力と合わせて検討することになります。
また、退職時に「権利放棄書」や「清算条項の入った合意書」に署名を求められることがあります。署名してしまうと、後からの請求が難しくなります。署名の前にご相談ください。
3 税制適格と非適格は、別の問題
ストックオプションには、税制適格と非適格の区別があります。権利行使価額、行使期間、譲渡制限などの要件を満たすかどうかで課税のタイミングと区分が変わります。
ここで注意が必要なのは、権利が存在するかどうかという民事上の問題と、その権利にどう課税されるかという税務上の問題は別だということです。交渉の場で税務上の説明が持ち出されることがありますが、それが民事上の権利の有無を決めるわけではありません。金銭で解決する場合の手取りには影響しますので、解決案を比較する段階で確認します。
4 いくらの話なのか
非上場株式には市場価格がありません。損害や和解額を考えるときは、複数の材料を突き合わせます。
- 直近の資金調達における1株当たりの価格(ただし優先株式の条件が付いていることが多い)
- 純資産や、将来のキャッシュフローに基づく評価
- 類似する会社の指標との比較
- 権利行使価額(行使してはじめて株式になるため、差額が実質的な利益です)
- その後の資金調達による希薄化
- 実際に権利を行使し、換価できたかどうか
直近ラウンドが高い評価額だったとしても、それがそのまま個人の損害額になるわけではありません。普通株式と優先株式の条件差、譲渡制限、流動性の低さを踏まえて、現実的な範囲を見積もります。
5 集めておきたい資料
- オファーレター、雇用契約書・委任契約書
- 新株予約権の割当契約書と、発行を決議した書類
- 付与数や比率についてのやり取り(メール、Slack、面談のメモ)
- キャップテーブル、資金調達の条件が分かる資料
- 退職の経緯が分かるもの(退職合意書、解雇通知、評価面談の記録)
- 退職時に署名を求められた書面(署名前でも、提示されたもの)
社内システムへのアクセスは退職と同時に止まります。自分の権利に直接関係する資料は、在職中に正当な範囲で控えを取っておいてください。一方で、請求と関係のない会社の機密情報まで持ち出すことは避けてください。
よくある質問
在職中に相談しても、会社に知られませんか。
知られません。ご相談の内容は弁護士の守秘義務の対象で、こちらから相手方に連絡することはありません。在職中は資料の保全と事実関係の整理だけを進め、退職後に動くという組み立ても一般的です。
退職してから何年も経っていますが、間に合いますか。
請求の法的な構成によって期間は異なります。一般的な契約上の請求は、権利を行使できることを知った時から5年が一つの目安です。会社の資力や資料の保存状況もありますので、期間が経っている場合ほど早めにご確認ください。
会社から「もう失効しているので交渉の余地はない」と言われました。
失効条項があることと、その条項をこの事案に適用できることは別の問題です。退職の経緯、条項の文言、付与時の説明との整合を確認したうえで判断します。
他の元従業員も同じ扱いを受けています。一緒に相談できますか。
同じ会社に対する請求でも、各自の契約内容や退職の経緯は異なります。利益相反の確認が必要ですので、まずは個別にご相談ください。事案によっては、別々に受任したうえで足並みをそろえる形をとることがあります。